認知症発症による老後の心配と備え

「認知症になったら老後はどうなるのだろう」――そう不安に感じている方は少なくありません。
認知症は、発症の程度によっては法律上の契約行為に大きな影響を及ぼします。
このコラムでは、認知症と法律行為の関係、実際に生じやすいトラブル、そして事前にできる備えについてわかりやすく解説します。
1.認知症になると法律行為ができなくなる?
民法第3条の2では、「意思能力」のない状態でおこなった法律行為は無効とされています。
▶ 意思能力がない状態とは
「意思能力」とは、自分のした行為の性質や意味を認識できる能力のことで、「意思能力がない状態」とは「法律上、自分の行為の意味や結果を理解し、判断する能力が失われている状態」をいい、例えば重度の精神疾患や知的障害、泥酔・薬物高熱などの一次的な喪失状態、そして重度の認知症が挙げられます。
重度な認知症とは、単に物忘れではなく「コミュニケーション不能、妄想・徘徊などの深刻な状態」を指し、「意思能力がない」と判断されます。
つまり、認知症発症も進行状態によって、法律行為ができなくなるということになります。
2.認知症になると実際に何が困るの?
認知症の進行によって、実際にトラブルとなった事例を以下に紹介します。
▶ 代表的な法律行為(契約)・手続でのトラブル事例
| 認知症発症のトラブル事例 | 詳 細 |
|---|---|
| 銀行口座が凍結し、預貯金の引き出しや解約ができなくなる | 金融機関は口座名義人の判断能力低下を把握すると、口座を凍結する場合があり、生活費の引き出し等にも支障が生じる |
| 証券口座の解約・運用ができなくなる | 株式・投資信託などの資産の組み換えや換金が必要な局面でも対応できない |
| 保険の解約・給付請求手続きができなくなる | 入院・治療費の支払いが必要な場面でも手続きが滞る |
| 賃貸借契約(更新・解約)ができなくなる | 家族が代わりに対応しようとしても、法的な代理権がなければ手続きできない |
| 遺言書の作成ができなくなる、またはその効力が疑われる | 作成時の意思能力が問われ、相続人間でもめる |
| 任意後見制度の利用や家族信託の契約ができない。 | 契約行為は無効。認知症発症後の財産管理・身上監護は「法定後見制度」※を利用することができる |
※法定後見制度について
認知症になって判断力が低下した時に、親族等の申し立てにより、家庭裁判所が後見人を選任する制度
です。
後見人選択 の自由度が少なく、途中での制度の終了ができないところが任意後見制度と異なるところで
す。前者を「発症後の対応」とすると、後者は「将来の備え」という特徴の制度になります
▶ 認知症でも有効になる法律行為もある
認知症だからといって、すべて法律行為が無効となるわけではありません。
意思能力の有無は個別の状況によって判断されます。したがって、認知症と診断されていても、その程度が軽く、かつ「内容が単純な契約」であれば有効と判断されるケースもあります。
内容が単純な契約の例としては、入院手続その他の福祉・医療に関する契約や公共料金手続等の日常生活を継続するための契約などがそれにあたります。
また、不動産を売却する行為でも、認知症の人が契約時点において、「売却の意味を理解、金額や相手方を認識、契約の結果を判断できるなど」の意思能力があり、かつ「価格が著しく不当でない、不当な勧誘・詐欺がない、手続に専門家が関与」などの状況が整えば、有効になる可能性があります。
▶ 老後の安心を考える
認知症が発症した時のことを考えると、その時、「契約行為や重要な手続について適切な判断ができるか」、「自分の意思通りの内容になっているか」などがとても不安になります。
現在、そのような不安を解消すべく制度や契約があり、その人気が高まっています。次はその老後の安心の備えとなる制度や契約を紹介します。
3.老後の心配ごとと主な備え方一覧
老後に生じやすい不安と、それに対応する制度・手続きをまとめました。
| 老後の心配 | 備えの手段 | 目的 | 内容のポイント | 効力発生 |
|---|---|---|---|---|
| 一人暮らしの不安 (健康状態・判断能力の確認) | 見守り契約 | 見守り | 定期的な連絡・訪問で生活状況を確認。異変を早期に発見する仕組みを整えます | 契約後すぐ |
| 認知症になったら財産管理・運用が不安 (不動産売却・アパート経営・株式運用など) | 家族信託 | 財産管理 資産継承 資産運用 | 信頼できる家族に財産の管理・処分を託す仕組みです。認知症になっても財産の活用が続けられます。 ただし、身上監護は含まれません。 | 契約後すぐ |
| 認知症になったら生活上の財産管理・契約・手続きができない (生活・医療・介護に係る身上監護・銀行凍結など) | 任意後見制度 | 身上監護 財産管理 | あらかじめ信頼できる人を「後見人」として定め、判断能力が低下した際に財産管理・生活上の手続きを代行してもらいます。 | 認知症発症後 (家庭裁判所の審判後) |
| 相続でもめたくない (死後の財産分与・遺産執行など) | 遺言書 | 遺産分配 | 自分の意思で財産の分け方を指定しておくことで、相続人間のトラブルを防ぎます。 | 死後 |
| 介護・介護施設への入居 | 介護保険制度 | 日常生活に関する心身への介護 | 公的な介護保険サービスを活用し、在宅・施設介護の費用を軽減します。事前に制度を理解しておくことが重要です。 | 要介護認定後 |
4.早めの備えが、将来の安心に繋がります
認知症を発症すると契約行為に制限が生じてしまいます。ぜひ元気なうちに認知症になったときの備えを考えてみてください。見守り契約・家族信託・任意後見・遺言書といった契約・制度を理解し、どれを選択し、またはどのように組み合わせるかをご自身の状況に照らし合わせてみることが肝要です。
▶ 本当に必要なものをシンプルに
もっとも、必ずしもすべての方に備えが必要というわけではありません。
例えば、年金収入と預貯金の自動引き落としで生活が完結している、身近に頼れる家族や親族がいるなど、財産管理や身上監護の面で問題が生じにくい状況である場合もあります。
まずはご自身の生活状況や財産の内容を整理したうえで、「どのようなことが心配なのか、本当に必要な備えは何なのか」をよく考えてみることです。
当事務所では、このような状況に応じた制度の選択や手続きについてのご相談を承っております。「何から始めればよいかわからない」という方も、どうぞお気軽にお問い合わせください。

